9月 月例祭・秋の彼岸法要

2014.9.21(日)


 秋のお彼岸法要にご参加の先生方は、高住職、日高先生、鶴田先生、川本先生、大隈先生、林先生でした。
 私も参加の予定でしたが、前日から体調を崩し、残念ながら今回も参加できませんでした。
 カメラを預けるのを忘れてしまい、法要の様子は写真がありません。大変申し訳ありません。
 毎年恒例の本堂での供養でしたので、前年の写真をご参照くださいますと幸いです。

 さて、今回は先生から法話の原稿を預かりました。

★☆★お彼岸の法話より★☆★

ご先祖供養にはお彼岸、お盆など様々な方法があり、お彼岸祭は仏教の行事であります。
お彼岸に西方浄土の阿弥陀仏に祈願して、先祖供養し、墓参りをする、というのは特に日本仏教独自の行事であります。
人は、死ぬと霊体が肉体から離れ、魂魄(精神を支える気と、肉体を支える気)に分離し、位牌とお墓に宿ります。
ご先祖様を大切にし、供養する、報恩感謝の念を忘れない。これらは子孫の務めとして行うことであり、 行わなかったからといってたたりがあるということはありません。

日本でお仏壇に安置される位牌は、儒教からのもので、中国には仏壇の代わりに位牌棚が、韓国には宗廟があります。

お寺で先祖供養を行うということは、ご本尊様にお布施をし、積み上げた功徳をもって 各々のご先祖様が極楽で安寧でありますようにとお願いすることになります。

お布施とは、自分の欲望や執着を捨てるための仏教信者の修行のひとつです。
また、お布施は、別の表し方で「喜捨」と言い、喜んで捨てる、というこの行いを「布施功徳」「喜捨功徳」とも言います。

お釈迦様は、<私たちが苦しむ理由は「大金持ちになりたい。いつまでも健康で長生きしたい」等の、欲張る心にある> とおっしゃいました。そして<その欲望にこだわる心で満足を得られない苦しさに身を焼くのだ>とおっしゃられました。

総本山金峯山寺の元管長様は「忘れて、捨てて、離れて、許して喜べ。」とのお言葉を遺されました。

欲望を捨てて、過ぎ去った悩み事や、明日の心配事、苦しみを、今、仏様に向かって心を込めて念仏し、 雑念を仏様に預かって頂く。仏様に明日も明後日も、未来永劫に渡るご加護を心から祈願する。
ひたすらに仏様に全てをお任せすることが、苦しみから解放され、喜びを得る一番の近道ではないでしょうか。

仏教信徒として、ご本尊様に全てをお任せする喜びを感じていただけたら幸いです。

★☆★法話終わり★☆★



 この日は法要の後、場所を本堂から護摩堂に移して、高住職の還暦のお祝いがありました。
 日高先生と喫茶室のママの手作りのお料理や、ケーキなどでお祝いされました。












   



 信者様にお祝いしていただいて、赤いちゃんちゃんこ姿もお似合いでまんざらでもないご様子の高先生です。
 ますますお元気で、ご指導頂きますようお願いいたします。


合掌


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